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道民上京者には涙物?青函連絡船記念館「摩周丸」 [ちょっと函館まで友人訪問_2018]

北海道と本州を結んだ青函連絡船「摩周丸」の活躍を学ぶ

本州と北海道の間には津軽海峡が横たわり、今でこそ青函トンネルで電車を使って気候に関係なく人や物資が円滑に移動/輸送出来るようになりました。しかしこの青函トンネルが出来る前は、この流れの険しい津軽海峡を青函連絡船と呼ばれる船が、鉄道から人、物資までを運ぶ重要な交通手段として長らく活躍していました。青函トンネルが完成した1988年以降引退した青函連絡船ですが、現在はフェリーという形で運行されており、日々車や物資を運んでいます。

函館では青函連絡船として最後の日まで活躍していた「摩周丸」が現在青函連絡船記念館として役目を変えて活躍しています。朝の散歩を終えてホテルに荷物を置いてコーヒーを一杯飲み終わると記念館の開館の時間なので、早速向かいたいと思います。記念館の入館料は大人一人500円です。

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引退した摩周丸が今も元気に活躍しています。

青函連絡船の歴史は1925年(大正14年)に船の中に線路を敷く「車両航送」が採用された時から物流量が一気に増え、約80年に渡って物流の大動脈として活躍しました。途中戦災で全滅したり、洞爺湖台風の影響で5隻の連絡船が沈没するなど悲劇を経験しながら最盛期は13隻で一日30往復をしていたことからも、その重要性を感じることが出来ます。

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摩周丸の入り口

私の父は北海道出身で大学進学と同時に上京したので、この青函連絡船は思い出の船ということで写メを送ってあげるとすぐに返信があり、実際に「摩周丸」は何度も乗船した船ということで、時を越えて娘が摩周丸に乗船(?)しているということで感慨深かった様です。

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船の詳細情報がパネルで展示されています

館内にはこれまで活躍してきた連絡船の模型や活躍していた時期などの紹介の他にも乗務員の制服などが展示されています。ちょうどこの摩周丸に乗って北海道と本州を何度も往復したという当時を知るおじいさん達のグループが一緒になったのですが、当時の様子を懐かしく思い出しては思い出話に花を咲かせていました。

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乗務員の制服も展示されています。冬のコートは分厚いです。

ロビーやサロン、グリーン指定椅子席等は歴史と模型に重点を置いた展示がメインですが、進んで行くと連絡船の機械的な説明のコーナーになります。こちらでは日々どんなメンテナンスがなされていたのかや、動力の説明等が模型や当時の道具を交えて展示されています。

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充実した展示物にビックリです

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年代別に青函連絡船の歴史がまとめられています

また、操舵室や無線通信室が当時のまま残されており、見学することが出来るのもかなり貴重です。

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船橋(操舵室)も見ることが出来ます。

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普通座席。こちらのお客さんは雑魚寝ですね。

天気の良い日には甲板にも出ることが出来ます。私が行った日はとても天気が良かったので、甲板も開放されていて、函館の街を360℃見ることが出来ました。4月の下旬ながら海を吹く風はかなり寒く、天気が良くてもコート必須です。

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摩周丸からは函館のシンボル、函館山が見えます。

入館料500円とお手頃な価格設定なのであまり期待していなかったのですが、かなり充実した展示に全部丁寧に見て行くとかなり時間がかかります。当時の映像が上映されていたりと、船が好きな人には堪らないと思います。残念なことに友人との待ち合わせの時間が迫ってきていることもあり、最後は駆け足になってしまいましたが非常に良い経験になりました。青函連絡船は終わってしまいましたが、いつか船に乗って津軽海峡を渡る経験をしてみたいものです(青函トンネルは開通間もない頃にカートレインで経験済み)。今年も夏にお墓参りの予定があるのですが、最近はずっと時間の都合もあり飛行機です。カートレインで行った家族旅行が懐かしいです・・・。

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